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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)6691号 判決

原告

本多一勇

被告

渡辺倉庫運送株式会社

右代表者代表取締役

渡辺庄二

右訴訟代理人弁護士

森田聰

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三五万〇八八〇円及びこれに対する昭和五八年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四八年七月から被告会社に雇用され、タンクローリーの運転手として引き続き就労していたところ、昭和五八年六月三〇日、被告会社から予告なく解雇の意思表示を受け、同日解雇された。

2  被告会社は、原告に対し、所定の予告期間を置かずに解雇したのであるから、解雇予告手当として三〇日分の平均賃金を支払う義務がある。

3  原告が解雇前の三か月間に支給された賃金総額は一〇五万二六四〇円であるから、その三〇日分の平均賃金は三五万〇八八〇円である。

4  よって、原告は被告に対し、解雇予告手当金三五万〇八八〇円と、これに対する解雇の日の翌日である昭和五八年七月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告が被告会社においてタンクローリーの運転手として就労していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2の主張は争う。

3  同3の事実は不知。

三  被告の主張

1  被告は、運送業を目的とする会社であるが、従前から、労働大臣の許可を受けて労働者供給事業を行う日本自動車運転士労働組合(以下「自運労」という)との間で一年ごとに労働者供給契約を締結し、自運労から一年間の期間を条件として労働者による労務の供給を受けてきた。

2  原告は、自運労所属の組合員として、被告会社と自運労との間の労働者供給契約に基づいて被告会社に供給され、就労していた。しかし、この労働者供給契約は、昭和五八年六月末日をもって期間満了により終了した。そのため、原告は、同年七月以降被告会社において就労しなくなった。

3  このように、原告と被告会社との間には直接の雇用関係はなく、被告会社は原告を解雇したものではないから、被告には原告に対して解雇予告手当を支払う義務はない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1及び2の事実は認める。

2  同3の主張は争う。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  被告が運送業を目的とする会社であり、従前から、労働大臣の許可を受けて労働者供給事業を行う自運労との間で一年ごとに労働者供給契約を締結し、自運労から一年間の期間を条件として労働者による労務の供給を受けてきたこと、原告が自運労所属の組合員として、被告会社と自運労との間の労働者供給契約に基づいて被告会社に供給され、タンクローリー運転手として就労していたこと、しかし、この労働者供給契約が昭和五八年六月末日をもって期間満了により終了し、そのため、原告が同年七月以降被告会社において就労しなくなったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

原告の主張は、労働者供給契約の終了という形式をとっていても、原告が被告会社において就労することができなくなったのは実質的に解雇に当たるという趣旨のものと解されるので、検討する。

二  当事者間に争いがない事実に、(証拠略)と原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  被告会社は、昭和四四、五年から、自社従業員だけでは不足する労働力を適宜補うため、自運労が労働大臣の許可を受けて行う労働者供給事業を利用して、自運労の組合員である自動車運転手の供給を受けることとした。この労働者の供給を受けるためには、自運労との間で労働者供給契約を締結することが必要である。そこで、被告会社は、毎年七月一日付けで、自運労側で用意した不動文字による統一書式を用いて有効期間を一年とする労働契約を締結し、同時に、個別的協議に基づきその一部の条項を変更する労働協約覚書を取り交わしたうえ、これらに基づき自運労組合員の供給を受けていた。

2  この労働協約とその覚書による労働者供給契約は、(1)被告会社は必要に応じ自運労の組合員の供給を受けることができること、(2)自運労は被告会社からの供給申込みに対し誠意をもってその組合員を供給すること、(3)被告会社はこの契約に定められた賃金、労働時間等の労働条件に従って組合員を就労させること、を基本的な内容とする。したがって、個々の組合員は労働条件の決定に直接関与することはないし、また、組合員の労働条件、苦情に関する交渉権も、すべて自運労が有するものと定められていた。

3  この労働者供給契約による賃金は、労働者の年齢、経験等を問わず一律に日額をもって定められ、被告会社ではこれが一週間ごとに支払われていた。そして、その額は、同一条件で就労した場合の被告会社従業員の賃金額に比べると、相当高額であった(ただし、年二回の賞与や退職金の支給はない)。なお、交通費は、労働者の住所地からではなく、その所属する組合事業所(分会)から就労先に至るまでの公共交通機関の利用実費として、同様に日額で支給されていた。

4  自運労の組合員は、労働者供給契約に従い、毎年七月一日から一年間の約定で被告会社に供給され、就労していた(労働協約覚書では期間は原則として六か月とされてはいるが、自動延長条項により、実際には例外なく一年として運用されていた。なお、このほかに、スポット使用と呼ばれる短期間の供給形態もある)。被告会社は、毎年人員計画を立ててその年度に必要な人数を決定し、車種や業種を指定してそれだけの人員の供給を自運労に申し込んでいたが、具体的にどの組合員を供給するかの人選は、自運労が自らの責任で行っていた。ただ、労働協約覚書によって「現在雇用中の○○名は特別の事情のない限り引続き継続雇用する」ことが約され、また、被告会社としても仕事に慣れた者が翌年度も引き続き供給されることを希望し、自運労もおおむねその希望にそった人選をしてきていたので、その結果、特定の労働者が被告会社に長期にわたって供給されることはあった。なお、被告会社では、自社従業員を雇用する場合とは異なり、供給された労働者について身元保証を求めることはなかった。

5  供給人員が期間の途中で事故等により欠けた場合には、自運労から代わりの組合員が供給されて残余の期間就労する。被告会社は、供給された労働者に対し、その労働力を使用するのに必要な限度で就業規則を適用し、作業上の指示等を行うことはできるが、労働者の就労状況が不完全であったときでも、これに対して懲戒を行うことはできず、その事実を自運労に通知して善処方を求めることができるにとどまる。これを受けて自運労は、事実関係を確認のうえ必要な措置をとり、場合によってはその組合員の供給を期間途中で打ち切り、他の組合員を代わりに供給する。

6  原告は、自運労に所属する組合員となって、自運労が行う労働者供給事業に従い、供給先の事業所においてタンクローリーの運転手として就労していたが、昭和四八年七月ころからは、その就労先が被告会社となった。そして、原告は、以後、昭和五二、三年ころにむち打ち症で約二か月間入院した期間を除き、被告会社において引き続き就労していた。しかし、その就労の当初においても、その後の毎年一回の労働者供給契約の締結時においても、その労働条件は原告個人と被告会社との間で取り決められることはなく、すべて自運労と被告会社との間の契約に定められた統一条件によっていた。また、昭和五二、三年ころからは、毎年五月末になると、被告会社からそこに供給された組合員に対し、自運労との労働契約に基づく労働契約が六月三〇日をもって終了する旨を通知する「雇用契約終了のお知らせ」と題する書面が交付され、原告もこの通知書を疑問なく受領していた。

7  被告会社では、昭和五五年度(同年七月一日から翌年六月三〇日まで。以下同じ)に二八名程度の運転手の供給を受けたのを頂点として、以後、年を追って供給を受ける人数を減らし、昭和五八年度は、これを前年度の一四名から八名に減員することとした。そのため、前年度に被告会社で就労していた者のうち八名は再び被告会社に供給されることとなったが、原告ほか五名はこの人選から漏れ、昭和五八年七月一日以降は被告会社で就労することができなくなった。

8  この被告会社での就労を打ち切られた六名の組合員に対しては、自運労から他の事業所へ供給する話があって、実際に他の供給先で就労を始めた者もいたが、原告ほか三名は、自運労に対し、被告会社で引き続き就労するために被告会社と交渉するよう求めた。しかし、自運労がこの要請に応じなかったため、原告ら四名は、これを不満として同年七月一九日に自運労を脱退した。なお、被告会社に供給され、その後減員等により供給が打ち切られた組合員は、それまでに全部で約三〇名いたが、そのほとんどが新たな事業所に供給されて就労している。

三  ところで、法は、労働者供給事業による労働者の供給とは「供給契約に基いて労働者を他人に使用させることをいう」(職業安定法五条六項)と定め、これを「求人及び就職の申込を受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあっ旋する」(同条一項)ところの職業紹介とは明確に区別している。すなわち、法は、労働者供給契約に基づいて供給された労働者と供給先との関係を通常の雇用関係とは異なる性格のものと位置づけているのであって、その事業主体を労働大臣の許可を受けた労働組合に限定することにより、労働者供給事業の存在とそこから供給される労働者の使用を認知しているのである(同法四四条、四五条)。

そして、前記認定事実に照らせば、労働者供給事業の存在意義は、これを利用すれば、使用者は高い賃金を支払うのと引き換えに、必要なときに必要なだけ一定水準の労働力の供給を受けられることにあるものということができる。また、労働者としても、自己の労働力の処分を労働組合にゆだねることによって、就労の機会を広く確保し、就労先のいかんを問わず一律の高い賃金を得ることができることになるから、特定の事業所との使用関係の継続を期待するだけの理由もない。

したがって、労働者とこれを使用する者とが労働者供給事業を利用して就労し、労働力の供給を受けるという関係にある限り、使用する側の必要性がなくなれば、その関係も終了することが本来的に予定されているものといわなければならない。たとえこの使用関係が長期にわたって反復継続されたとしても、そこに通常の雇用関係の成立を認め、その打切りに解雇の法理を持ち込むことは、当事者の意思に反するであろうし、労働者供給事業の存立の基盤を揺るがすことにもなる。

前記認定事実によれば、原告は、自らの意思で自運労の組合員となり、自運労が行う労働者供給事業を利用して、自運労と被告会社との間で締結された労働者供給契約に基づき、自運労の債務の履行として被告会社に供給され、被告会社に使用されて就労していたということができるから、原告と被告会社との関係は、名実ともに、労働者供給契約に基づく使用関係に外ならない。そして、この労働者供給契約は有効期間が一年とされ、これに基づく労働者の使用期間も同じ一年間とされていて、被告会社は一年ごとに契約を締結し、その都度、その年度に必要なだけの人員の供給の申込みをしており、自運労もその申込みに従い自らの責任で人選を行って組合員を供給していたというのであるから、被告会社とそこに供給された個々の労働者との使用関係は、毎年度、労働者供給契約の期間が満了することにより当然に終了するものであったといわなければならない。

そうすると、原告と被告会社との使用関係は、昭和五七年度の労働者供給契約が昭和五八年六月三〇日に期間満了となったことにより当然に終了したのであって、翌五八年度に被告会社に供給される労働者として原告が選ばれなかったからといって、これを通常の雇用関係における解雇に当たるものということはできず、したがって、被告会社に解雇予告手当の支払義務を認めることもできない。

原告本人は、被告会社で就労するようになったのは原告と被告会社との間で決めたことで、自運労には後にその旨連絡しただけであること、その際期間についての話は何もなく、原告としては長く働くことができると考えていたこと、「雇用契約終了のお知らせ」の通知書を受領しても、翌年度も引き続き被告会社で就労し、その期間は通算して一〇年に及んでいたこと、被告会社での就労が打ち切られることは当日になって被告会社から初めて通告されたことなどの事情を挙げて、被告会社は原告を解雇したものであると供述する。しかし、前記のとおり、原告と被告会社との関係は、実態としても労働者供給契約に基づく使用関係であったのであり、たとえここに挙げられたような事情があったとしても、それはこの判断と矛盾するものではないし、解雇の法理を類推適用すべきことをうかがわせるものでもない。被告会社での就労が打ち切られたことによって原告に何らかの不利益があったならば、それは原告と自運労との間で解決されるべき事柄である。

四  よって、原告の本件請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 片山良廣)

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